日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

Facebookや年賀状に見出したもの。そしてFacebookが怖いのです。

Blogに書くようになった事と、Facebookに書くテキストが万人向けではなく、それでは書くことがよろしくないよなと思うこと、特定の友人がガンガンタイムラインを更新していること、逆に今まで書いていた友人が更新しなくなったこと等で活躍の場を失った自分のFacebook*1

 

Facebookにあるかは知りませんが、機能改善でもしてくれて、友人のカテゴリーを決められて親族、学生時代、バイト時代等と振り分ける事が可能で、タイムラインもカテゴリー毎に抽出表示等が可能になったり、こちらの更新にしても特定のカテゴリーのタイムラインには表示しないとかの選択が可能になればいいのですが、そうならぬのならこのままかな?と思っています。

そんなFacebookと年賀状にある共通点を見出しました。

生存確認

Facebookは公開設定によっては写真が見られないものの、たまにプロフ写真が最近のものになっていて元気そうな顔が見られると良かったなあとしみじみ思います。

昔の知り合いだからと友人設定をしても多分昔よりも話は合わないしイイねも大変。

更には友人が公開される以上、その先で余計な面倒が増えても厄介。

そうなるとFacebookを使ってるだけでも生きてるのはわかるし、顔が見られるだけで元気なのねとホッとするのです。

年賀状も同じで、会いたいですねとやっても実際会うには時間もお金もかかる訳で、しかも会ったら自分も相手も変わっていて話が昔より合わなくなっている可能性もある訳で、その点から言えば年賀状だけで今年も生存確認が取れたことに喜びたいのです。

なのでFacebookも年賀状もその先には興味はなく、画面を通して、ハガキサイズの紙を通して通じる事で十分で今年もその事に感謝しています。

 

そして何を今更な話なのですが、Facebookが怖いのです。


何が怖いかと言えば「知り合いかも」に表示される久しく接点のない知り合い。

上で書きましたが、生存確認に見出したFacebookですが、いくらなんでもこの知り合いのチョイスは凄くないか?と思ったりもするのです。

実際「凄い」「怖い」は表裏一体で何処をどのようにして検索してくるのか?それが妙に怖いのです。

 

検索条件としては…

アプリケーションが電話帳を見に行きたがったりするのでそれを許可してしまった人達の情報を補完し合ってデータベース化している?

更に自分は噂レベルでしか知らないのがアプリケーションが「Facebook始めました!」とか言うメールを送信するとかで、聞いたのは「よくわかんないけど、早く始めたくてハイハイとハイを押していたらアプリケーションが電話帳にアクセスしてメールを送ってた」と言う奴。

基本的に多いなと思うのは、Aさんと知り合いでAさんがBさんと知り合いになると「君もBさんと知り合いだよね?」として知り合いかも表示がくるやつ。

後はイイねしたりコメント出したりしてる知り合いの知り合いが知り合いかもに表示される気もします。

とりあえずあの精度は物凄いのですが、同時にかなり怖いのです。

面白がって知り合い増やして知り合いとの関係を補完していくとどんな事になるんだろうと思いました。

ただ、今言えるのは出てくる人がこちらにアクションを起こさない所を見るとその程度の仲なのでしょう。

こちらも無闇に知り合い増やす気無いですし…

なんと言うか、名前が表示される古い知り合いの皆さんが今幸せなら万々歳です。

これが結婚前だったり、あと10年若かったら手当たり次第に申請出したんだろうなと…

そして埋め尽くされるタイムラインと「イイね」地獄で苦しんだんだろうなと思います。

*1:親戚には読まれたくないものもあるし、友人との話をFacebookに載せても共通の友人が見るのは良いのだけれど、別の友人が見るのはよろしくなかったりなどなど。