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日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

趣味を殺した後に残るもの。

日曜日、妻主導で買い物に駆り出される事がよくある。
一応自分は余程の理由以外は断らない。

 

断って妻の機嫌が悪くなることも嫌だし、状況の判断力を妻に養って欲しいので、風邪を引いていてそれを伝えても付き添いを求められれば付き添うことにしている。

付き添った後で、風邪が悪化して高熱で寝込む事になっても、それに対して妻が【自分の風邪≦自身の買い物への付き添い】を優先したのであれば構わない。

人を軽視しての行為*1であればその段階で妻には注意もするし、自分にはその価値しかない事も再認識できる。

寝込む価値のある付き添いであれば後悔もないし妻が謝る必要はない。

今回のネタはそこではなく、買い物に付き合う旦那様の立場で買い物中に思った事です。

 

買い物に付き合うと言うのは自分の時間を妻に捧げる事になる。

無論、妻も家庭に時間を捧げてくれて居る以上、理不尽な不満はない。

不満はない我が家をベースに考えると、拘束時間の面で見た場合…

  • 以前、平日の見られない番組を録画をしたが、妻は平日や休日の家事の合間に消化することが出来ていて、自分は平日にはまとまった時間が取れずに日曜日を使っても妻の半分も録画が無かったが録画の消化が出来なかったことから時間の融通は妻の方がきくものと思って居る。
  • 休日の空き時間となると、仕事のスキルアップに充てる時間もあれば身の周りの整理の時間もあるし、先に書いた録画の消化の時間や趣味・休息の時間もある。

多分、録画の消化と趣味の時間が他人からすれば1番優先順位が低くみられるので家族に捧げる事になる。
家族も趣味と付き添いならば家の事である付き添いを選べよとなる。

そうして趣味の時間が減っていく。

 

趣味なんてものは満足に出来なければストレスにしかならないのでやめてしまう事になる。*2

趣味たちを辞めてしまえば付き添いの時間も増える。

 

付き添いの時間が増えた先には何があるのかと思えば何もない。

今は買い物に連れ出されていても20年後、老後付近?になって遠出の買い物が億劫になったり、子供が巣立ったり食べる量が減れば買い物の回数も減るし行く場所も近くなって付き添いの必要性が無くなる。

今まで毎週末付き添っていた買い物が無くなった際に妻は旦那にこんな事を言う。

「嫌ねこの人、いつも家に居て。」
「趣味の一つも持って外出ないし何かしらしてくれないかしら?」
「居間でゴロゴロとテレビ見て邪魔くさい」
何年も前に趣味が無くなるように仕向けておいて、趣味が無くて嫌ねとはよく言えたものである。

こんな事を買い物カゴを持ちながら他の旦那さんと思しき人を見て居て思った。

 

別の話では、我が家の例えになるが自分はマニュアル車が好きで運転を楽しんで居たが前回の買い替えからオートマ車になってしまい、車が自分の車から妻の車になってしまった気がする。
これで老後にマニュアル車を手に入れようにも老人の運転は危なかったり、体調面で運転には適さなくなるかも知れない。
その姿に妻は「散々言って居たのに車に乗らないのね」と無責任な事を言うと思う。

 

我が家ではここら辺の話を先日した。

趣味に没頭して家族をないがしろにするのは本末転倒だが趣味が出来ないようにしておいて「趣味はしないのか?」と聞かないでくれと、そう言う事でつまらない人間にしておいて、その事に不満を述べないで欲しい。

無論、手伝えるものは手伝う。

これは自分と妻の話だけではなく子供達も当てはまる旨も伝えた。
子供達の趣味が理解不能だから、後片付けが思い通りにならないからと奪い取るような事はやめてほしい。

将来無個性な人間は作りたくない、これでマトモな人生を過ごせなくなったりしたら困る。

そう伝えておいた。

妻は自身が無趣味な事を出して反論を試みて居たがこちらは譲りません。
妻には将来の為にも趣味は持ってくれと散々子供と言ってある。

*1:実際買い物も特別感なんてなく、ただ思い立ったからと言う内容であったり、悪化して寝込んだ際に最初に言ってあったのに「言ってくれればor行かなければよかったのに」と言われたりするアレ

*2:録画の消化は遅々として進まないと怒られる上に容量問題で消される事もあるので不満は倍増です。