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日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

書き溜めずに書く。一日と二日の問題点を来年の自分に向けて残しておく。二日版。

 

buri-hama.hatenablog.com

 

妻が初怒りを果たし、ヤレヤレと義実家への訪問が終了した。

正直自分の体調も良くないことから実家行きはキャンセルしたかったが妻が昨年末に自分の母親から「では二日」と挨拶されたことを気にして是が非でも行くべきであるとなってしまった。

散々行きたくなくて子供達も巻き込んで「行きたくないよな!あんなところイヤだろ!!な!?な!!?」と話をしておいたが子供達の援護も受けられず実家へと行くことになってしまった。

昔から二日に親戚一同が集まる事になっていたのでこの日は親の機嫌も終始悪く、元々はみ出しものの自分は歓迎されていないが結婚後子を持ったことを機にあんな奴らでも子供からしたら祖父母になるので会わせるべきなのかも知れないとして散々裏切られつつも会ってきた。

実際、数年に一度は正月に衝突をするので会いたくない。

だが、妻からすれば義実家なのに行くと言うし子供達も行くと言う以上、これ以上ゴネる訳にも行かずに行くことにした。

 

近年、親の機嫌が悪く他の親戚と衝突していた事もあり、ここ数年は大人数での正月をしていなかったが去年は珍しく大人数になってしまい。親は辟易としながら「人が多いのはイヤだ、来年こそはこじんまりと実施したい」と言っていたので油断をしてしまった。

 

正月をしていなかった弊害の話。 

buri-hama.hatenablog.com

 

 今年は婆さんが大叔母の葬儀後に体調を崩して入院していて正月前に退院した事もあり、叔母たちが顔を出すことになっていた。

この事が親の機嫌を悪くしていたようである。

 

正直知ったことではない。

そもそも実家に居れば人が集まることになっていたのは自分が生まれる前からの慣わしであり、実家に居候する形で出戻りをして婆さんが倒れたことを理由に家を乗っ取ってしまった親の心境がどうであれ、一月二日は実家に皆が集合すると言う慣わしが無くなった訳ではない。少なくとも婆さんが存命の間は続くのである。*1

 

昨年あれだけ人が多いことに辟易としていた親だが、今年は顔を出すと同時に父親寄りの親戚が子供をつれて来る」と言うことを告げられた。

当然、会う予定なんか無かったのでお年玉もお年始も用意をしていなかったが、向こうはしっかりと用意をしていて早速恥を書く事となる。

 

実家も昔は広い和風の家であったが親が乗っ取る際にこじんまりとした現代風の家に建て替えてしまった事もあり、リビングにはMAXで8人も入れなくなっていて、その親戚が顔を出すと定員をオーバーしてしまう事になる。

 

「人が多いのはイヤだ、来年こそはこじんまりと実施したい」などとよくもまあ前年言えたものである。

結局予定外の客に追いやられる形で自分達が蔑ろにされる事になる。

 

親は「待っていた」「よく来た」と自分達には一度も言ったことがないであろう言葉をかけていた。

 

そしてその親戚の子を猫かわいがりし始めて傍目でも自分の子供達が引くような雰囲気で蔑ろにされていた。

最早ここは誰の実家なのかと言うのがわからなくなった。

 

半端者ではみ出しもののゴミ屑と言う自覚のある自分だが、その自分ですらかつて感じたことも無い迫害の扱いに機嫌が一気に悪くなる。

 

親はこの話を後日した場合には被害妄想や考えすぎと言うかも知れないが、その考え方ではイジメは世の中から消えてなくならない。

やられた方がイジメであるのならイジメであると言う事を言う大人が自分の立ち位置で都合よく好き勝手言っているのは不愉快であった。

 

結局、自分達家族を蔑ろにして勝手に盛り上がり、擬似家族と言うべきドラマの中のような理想の空気感を出し始めた。

その後、他の親戚が増えたことで妻がリビングではなく婆さんの部屋で婆さんの話し相手になってくれていた。

 

その時、母親の旦那が自分にいきなり来年「お前の家をよこせ」と言い出した。

即断るが「よくも断ったな」「俺の家は狭い」「人が来られるのはイヤだ」「お前の家は広いのだからお前の家をよこせ」「使わせろ」と再度言われた。

これが親の援助で建てたような家ならば考慮もするのかもしれないが、妨害こそ数限りなくされたが援助なんてものは存在していない。夫婦二人で頑張ったものである。

そもそもこの連中は自分のことを最底辺のゴミ屑で温情で一族の末席に加えてやっていると思っている人間なのだ。

昔、この男が酒に酔い、禁煙車だった自分の車の中で見下した顔をして喫煙して「してやった」と言う顔をしたのを忘れていない。

きっと家を汚損破損した上で散々悪く言うだろう。

そして開き直るのであろう。

 

こちらが子供達の為に我慢しているのを気づかずに好き勝手振舞う姿に少しばかり怒りを覚えた。

 

とりあえず論破しておくことにした。

「うちは家具もまだ揃っていない。エアコンも備わっていないから寒い。冬場に来て帰った後で寒いだなんだと悪く言う輩が出るのも不愉快だ、だから拒否をする」

 

母親の旦那は自分を見て「そんな事をいう奴が居るか」と言い返したが、母親はそれを言ってのけたのだ。

母親の顔を見て「だってさ」と言って切り捨てておいた。

 

その後、話はこれまでだと言い着席を求められたが妻が婆さんの相手をしている以上、任せきりにしたくなかったので「妻が婆さんの所に居るからそっちに行く」と言うと、母親の旦那が「お前の嫁は何もしていないんだからそれくらいやらせておけよ」と悪くいいはじめた。

 

この瞬間にかなり頭にきて言い返した。

妻は自分がされてきたことも知っている上でこの連中を義父母と呼び、婆さんや妹の心配もしてくれていて、大叔母の入院の際や婆さんの入院の際にも快く顔を出したり手伝えることはしてくれていた。

この状況で、可愛そうなのは妹だとまで言ってくれて妹の事を子供達と同じように連れ出してくれたりしているのにこの言い草は何だと言い返した。

そもそもこの男は妹を連れて出かけようが何をしようが感謝すらない。

人として正直どうかと思った。

 

母親は自分を産んでおきながらも、最早自分の母親ではなく、所詮この男の女なので一方的に自分達が悪いと言い出した。

 

勝手に妻の見知らぬ親戚を呼び込んで妻の入る隙も与えずに勝手に盛り上がって蔑ろにしておいて、妻は良かれと席をはずせば何もしないと悪く言う。

 

これが嫁いびりかと思うと、そもそも過大評価もしたことが無い連中であったが心底気持ち悪く思えてしまい、心中には怒りしかなかった。

 

頭にきて、母親の台所仕事をこれ見よがしに手伝った。

「する事は無い」と母親は言ってきたが「何もせずに居て妻が悪く言われてはたまらないから良いからやる事をよこせ」と言った。

そのまま「親戚を呼ぶなら前もって言えばよい、何の用意も出来なかったから恥を書いた」と言った。

すると母親は「急だったから連絡なんか出来ない。忙しかった。つまらないことで文句を言うな。しょうもない(人間だ)」と言ってきた。

 

嘘である。

この女はこの状況を適当な嘘で切り抜けようとした。

ますます嫌悪感が強まった。

親戚の子供に対し「待っていた」「好物聞いていたから用意して待っていたと好物を出して猫かわいがりをしているのを目の前で見ていた。

 

一連の全てに対して頭にきて即座に帰ろうと妻の所に言いに行く。

かつて無いほどの怒り様に妻も子供達もただ事ではないと察してくれた。

婆さんの手前、怒りをおさめることも考えられたが今回は子供達を蔑ろにしていた事に腹が立ったところで妻を悪く言ってきたので許せなかった。

何事かと聞いてきた婆さんに全てぶちまけてしまった。

子供達の前で自分が父親の本当の子供ではないから弟達と差がついている事。

今日来た親戚とその子供が歓迎されて自分たちが歓迎されていないことも言ってしまった。

 

正直、妻には何も言わずに済ますこともできるのもわかっているが裏で嫁いびりの果てに悪く言い放つような奴らと円滑な関係なんて築く必要は無い。

 

妻はショックを受けていたと思う。

勝手に少々遠縁の親戚を呼びつけておいて、盛り上がって入る隙も与えないで「何もしない」と悪く言う。

 

奴らの手口は知っている。

「俺は言っていないお前の母親が言ったことだ」

「私は言っていない旦那が言ったことだ」

とお互いの罪を無視してダメージコントロールに勤しむ。

そして有耶無耶にしようとする。

 

全部、お前の家の敷地内での出来事だいい年をしてつまらない言い訳すんな

この台詞も何度言ったことであろうか。

 

ついにこの言葉は奴らには届かなかった。

 

結局、全てが徒労で骨折り損の話であったのだと思う。

もう、奴らを無視して自分は実家を後にした。

 

正直、婆さんの事も老い先面でも健康面でも心配だし、我慢をして笑顔を取り繕えば婆さんの為にもなったと思うが、もう駄目だと思った。

 

断絶するしかない。

この時はその事しか考えられなかった。

 

後から実家を出てきた妻は「一応」として「何も手伝えずにすみません」と言い残して出てきたと言っていた。

 

これで奴らのシナリオは完成だ。

 

「最底辺のゴミ屑には勿体無い嫁さん、母親自身は仲良くしたいがゴミ屑の妨害で仲良く出来ない」と都合よく言うだろう。

誰も言い返せない場で母親の旦那は「最低の人間だからその嫁は何もしない」と悪く言って自身が呼んだ親戚を褒めちぎるのであろう。

 

勝手にやってくれ。

居ない場で悪者にでもなんでもしてくれ。

 

妄想の中で、自分の好きな人の前で好き勝手悪く言って、賛同得て勝利してそれに喜んでお酒オイシー!!と楽しんでくれ。

 

 

帰り道、もうあんな思いはさせたくないから行かないようにしようと妻に言った。

 

本来、怒ってよいはずの立場の妻は怒らずに「行かなくてよいなら行かないだけ」とだけ言ってくれた。

怒ることも無く淡々と言ってくれた。その後も「好きな人だけ呼んで楽しむのであればそれの方が義父母にとっても良いことだ、そもそも子供達のために祖父母としている限り行っていたが、行って邪魔で迷惑なら行かないほうが万事うまく行く」と言ってくれた。

「お婆ちゃんや妹の事が気になるけど」と言ってくれたが、彼女も今回のことでどれだけ妹を気にかけても感謝ひとつ無い母親の旦那の態度や、それすらも無視して「何もしない」と言い放つ人間性に辟易していると思ったので「何も言わないでいいです。やつらはどうしようもないのです。ごめんなさい」と謝った。

 

全てを知った子供達も自分に優しくしてくれた。

「正月はどっちの家にも行かなくてOK」「家で四人で居たほうが楽しいよ」「近くに祖父母が居ると良くないって今回知れて良かった」

と言ってくれた。

ただ、上の子は学校の友達にスープの冷めない距離に祖父母が居て、遊びに行くと猫かわいがりをしてくれていて恩恵が沢山あることも知っていて羨ましがっていたのを自分は知っている。

 

妻の両親が身勝手な感情しか向けてこない為に上の子が望んだモノが手に入らないことも理解していた、そこから義父母に対しては「お年玉要らないから会いたくない」とまで言っていた。

自分の母親とその旦那に対しても祖父母と言う存在が向けてくる感情とは違うもの、上の子に年の近い妹の両親でしかなくただの親戚の人間でしかない、でも人を猫かわいがるような人間ではないと思っていたが、今日の自身たちが好きな親戚の子に対する上の子たちがされたことも無いような扱いを目にし、自分が祖父母の本当の子供ではないと知ったことで全ての事柄に納得がいったようで「会わなくてOKだからお年玉とか気にしないでいいから四人で居よう」と言ってくれた。

 

本当に申し訳が無かった。

生まれてきてごめんなさいと本気で思った。

 

自分を実家に呼ばず素直にゴミ屑はゴミ屑らしく近づくなと宣言してもらえればどれだけ気が楽かと思った。

 

 

帰宅後、婆さんから委細を聞いた叔母が妻を気遣ってメールを寄越してくれた。

ただ、自分の中には断絶の二文字しかないので、正直奴らに自分と言う存在が伝わる人間、奴らの存在を伝えてくる人間は迷惑でしかなかった。

妻を気遣ってくれた事、母親達の評価がどうより自身や婆さんのは悪く思っていないことを伝えてきてくれた。

一つ一つ丁寧にお礼を言いながら、今までのことどうして自分がここまで至ったかを説明をした。

叔母は、断絶は難しい、妹や婆さんの事もある以上、気持ちが落ち着いてからで構わない。婆さんの先が短い場合を考えた上で折衷案ではないが自分の気が済みつつ断絶にならないようにと真剣に悩んでくれたかもしれない。

本当に暖かいメールを貰った。

ありがたかった。

今朝までお互いに長文のメールを送りあった。

最後にされてきたことの一部を細かく説明して「こう言う事柄から自分が嫌われていることが良くわかる」と送った結果、返信は来なくなった。

 

叔母を悲しませてしまったと思った、婆さんの事、自分の事、婆さんと暮らしている親が婆さんを放棄すると大変なことになる以上、どれも尊重したいと思う気持ちの板ばさみで苦しめている事もわかった。

でも、気持ちに歯止めがきかない。

今は気持ちが伝わったと思いたい。

 

本来であれば大叔母の納骨があるので奴らに遭うことも考えた。
大叔母からは人生の宝物を貰った以上、最大限出来ることがあればしたかった。

手向けになることは欠かしたくなかったが、奴らに遭いたくない。

今はその気持ちが勝っている。

 

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最後に

妻に至ってはそれから顔をまともに見ることも出来ず、ただただ謝ることと日常の何かをしてもらう度に感謝をすることしか出来ていない。

今までの努力むなしく「何もしない」と言われてしまったのだから怒って当然だと思うが芯の部分で優しい*2妻は自分を責めないでくれている。

 

この気持ちを風化させることがイヤだったので、気持ちが落ち着いて感情的になっていない今コレを書いている。

 

正直、納骨は辞退しようと思っている。

辞退して悪く言われても何をしても自分には妻子を守る義務がある。

無駄に災いに向かっていく必要は無い。

これが自分の親戚であるのなら当然のことである。

外面の良い奴らがよく思われて、自分たちが悪く言われようが村八分以下の扱いになっても正直何も困らない。

 

困るとしたらお世話になった他の親戚達へ不義理をしてしまうことである。
この先、亡くなる方が出てきても自分は行かないと思っている。

 

 

ただ元々自分は望まれた子ではないので、子供たちが幼稚園に入園するときも小学校に入学する際も奴らはうわべだけの祝辞で金銭が絡んだ際には豹変して拒否してきたのである。それを婆さんが力技で何とかしてくれたことを自分も妻も見てきた。

この先、状況を把握出来るようになっきてている子供たちの見える場所で、進学する際にいちいち揉めているのも見せたくなかった。

 

コレでよいのだと思う。

 

明日で正月休みが終わる。

この精神状況で社会復帰が出来るのかが危ぶまれるが、自分を優しく迎えてくれた妻子の為にも頑張ろうと思う。

*1:自分は親が一度出て行く祭に元服出来る年齢であることを理由について行くことを拒否して実家に居続けていた。

*2:普段は冷酷ザ氷の女王