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日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

疎遠の足音。

エッセイ 育児

先日、新年会とは名ばかりの集まりをした。
ここ十数年間、結構やっている集まりで、会って飲酒をする日もあればゲームをする日もあったりしています。

「子供が居ると気を遣って知り合いに会いにくくなる。」

これは昔、自分に向けた言葉ではなく、発言者が自身を振り返って言っていた言葉で当時は子供が小さくて自分は上手くやれていると思っていたので、ピクリとも響かなかった。

 

発言者の話では、知人友人が子供の為に何かをくれたりするが、相手が未婚であったりするとお返しのしようがなくて気を遣ったり貰いにくくて、そこから会いにくくなっていくと言う話であった。

 

昨今それとは少し違うが、やはり会いにくくなっている。
友達としてはこの先も友達でいたいと思わせる関係だけれど、親として子を育てる立場としては考え方が違い過ぎて会いにくい時がある。
これは未婚既婚子供の有無に関わらず、悪影響を与える人間には会いにくい。

 

後は育児の差で、自分の所では怒る案件を友人の所ではスルー案件であったりすると、子供が混乱したり自分自身が注意したさの面からも会わない方が良いのでは?と思いはじめる。

 

 

さて、ようやく本題になりますが、今回の集まりに自分は子供を連れて行かなかった。
変な話、ウチ開催であればウチの子供もいるが、他所開催であれば子供達は待機することとなる。

 

友人宅での開催であったので、友人の子供が居るのは当然のことで、友人の子は昨年末が誕生日でお互いの子が幼い時からずっとプレゼントをし合う仲なので今回も誕生日プレゼントを持って行った。

 

色々と考えて一足先に行って渡す事にしたが、別の友人が約束より少し早くに着ていて、友人のいる所でプレゼントを渡す事になった。

その後、全員が揃い食事をしながら話していると、友人の子供(小学校低学年)が会話に割り込んできて「ところでこの人達(自分以外の参加者)は何を持ってきたんですか?」「何をくれるんですか?」と誕生日プレゼントの催促をしはじめた。

 

親である友人は「コラコラ」とたしなめていたが、プレゼントの渡し合いは友人と自分の所だけの話で、他の友人からすればそんな話は寝耳に水であって、そんな義理もない度合いなのである。

自分以外の友人は度合いから言えばプレゼントを用意する必要のない友人関係で、子供にはわからない事で致し方ないが、この時の友人の対応には少し思う所もあった。

一応間に入る形で、自分は誕生日を知っているし、そう言う仲だからプレゼントを渡しているんだよと話したが、子供はあまり納得をしていなかった。

 

そして別の友人が「お誕生日いつなの?」と話をそらす意味でも話しかけたところ
「今日です。今日がお誕生日です。プレゼントください」
と言い出した。

 

お前の誕生日は昨年末だろコラとツッコミを入れたし、会話の流れから友人達も笑ってくれていたが色々と考えさせられる会話となった。

 

その後も子供が会話に所々で割り込んできて話の腰がしっかりと折られていたので友人達も不完全燃焼になったのかも知れない。

あまりに話の腰が折られるので、友人の子供に「パパとママではどちらが怖い?」と聞いてみた。

結果如何ではそこら辺を使って話の腰を折るなと言いたかったのだが、
「どっちも怖くない。余裕」
と言う、驚きの回答が出た。

 

これではこの先の会話なんてものは到底無理であった。

親である友人は不快感こそ見せては居たが、自分たちの帰宅後に子供と話すとかせずに、それ以上は無いのかも知れない。

 

結局、この手のことが起きるたびに疎遠になっていくしか無い気がしている。
久々に会って話もできず、問題発言に気を揉んでいては会う意味があまりない。

 

無論、休日に遊んでいて育児を奥様方に任せ切るのも良くないと思う。
その為にも子供を優先して、自分が友人と遊ぶにしても四季に一度くらいで十分過ぎると思っている。

 

うまく伝えられないが、本当にこうやって疎遠になるのかもしれない。
疎遠の足音が聞こえてきた気がする。