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日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

あなたが抱え込む必要。

エッセイ 毒親関係・親族関係の悪い部分

「何でもあなたが抱え込む必要はない」と言ってもらえた事がある。

 

これは婆さんが倒れて介護が必要になった際に、親は早々にお手上げアピールをして周りもなんだかんだと自分をアテにしてきた。そんな人たちも色々とやってはくれるが所詮は別居の親族なのでできる事には限度がある。

 

婆さんと親達はいびつな関係で、婆さんは親より叔母達との方が仲良しで万一同居の話が出るとしたら叔母達の方が良かったのだと思う。*1

親達も自分や婆さんの地元よりも母親の旦那の地元の方を慕っているので、そもそも同居自体が間違っていた訳だけど、ある日母親の旦那の地元へ巣立っていった母親達が事業しくじりましたとして弟を連れて実家に住み着いた。

身勝手な話ではあるものの、実家に婆さんと自分の二人暮らしで居て、そこにも少なからず問題なんかはあって、未成年の自分には致し方のない話で同居を受け入れるしかなかった。

 

婆さんは母親達と反りが合わない事もあり、共働きで日中大人の居なくなる叔母の家に居る、まだ幼いいとこ達の面倒を見に行くことにした。

元々、いとこ達が学校帰りに実家に来て居たのだが、母親達が住み着いた事でそれが難しくなってしまった。

 

そんな生活が何年か続いた頃の要介護生活の始まりであった。

親はさっさとピークを迎え白旗をあげはじめた。(まさか倒れた初日に「全員で面倒みるんだからな」と言い出すとは思わなかった)

結局の所、これも原因の一つで仕事を辞めることとなった。

仕事上思う事も多々あったところに、休日には婆さんの見舞いやら何やらと色々なものをやる事になり身が持たなかった。
親は「毎日やってるんだからあんたが休みの日ぐらい休ませろ」と言って聞かなかった。
当然、自分も毎日働いているのだから休みの日ぐらい休ませろである。

 

そこら辺の事やまだ小さい弟の事等を全部考えていて、こちらも限界を迎える事になり親達と衝突をした。

親からすれば最底辺のゴミ屑が歯向かってきた事が許せなかった部分や、元々心が弱いのだと思うが他人が幸せになるのなら自身が優先して幸せになるべきであると疑わないので子に迷惑をかけている実感はなく、衝突する度に「婆さんが悪い、叔母達が悪い」と他人のせいにしたりしていた。

しかし、衝突の回数が増えてくると

「忙しい会社に勤めたお前が悪い」「こんな時期に辞めるのが悪い」

として自身達への理解は求めてくるが、自分へは理解を示さなくなった。*2

 

そんな時に友人の家で近況を聞かれてここら辺の経緯を話した際に友人の親から

「何でもあなたが抱え込む必要はない」

と言われた。

 

婆さんが倒れてからの1年半くらいの話ではあるが、その間は誰からもこんな言葉を言われたことは無かった。

 

婆さん世代からは
「婆さんとお前の親は仲悪いから出来るだけ婆さんをよろしく頼む」
と言われ

 

叔母達からは

「お前がやってくれるのはありがたいけどやらなくて良いんだよ、お前の親がやればいいんだから、そんな休みの日までやる必要無いんだよ、そりゃあ婆さんの事とか考えたら頼みたいけどさ」

と言われた。

 

全員が一字一句同じではないが、ニュアンスは同じだった。

 

言いたい事はわかる。
婆さん世代は基本的に自身と同列の婆さんを優先して、そのお釣りのような余裕が出れば自分へ少しだけ心配が向く。

なんだかんだと気遣ったり、親への不満も代わりに言ってくれるが、白黒ハッキリさせる状況からは逃げおおせるのである。

婆さんの身の上と自身をリンクさせて考えているようで、結局は子にも孫にも嫌われたくない姿が読めた。
だからこそ自分がどんな目に遭っていたとしても介入はあり得ないのだ。

 

叔母達は自身が婆さん達ほど年をとって居ないこと、自身達が自分と同じ歳の頃には叔母達からする祖父母の面倒を見ると言うことがなかった事、自分と同じ孫にあたる自身の子達の事を考えれば何も言えなくなるし、出て行きながら最終的には実家に住み着いた親が同居の子として面倒を見るのが当然と言ってはくれるが親に談判は出来ないのである。

それは自身らが引き受けられない後ろめたさもあったのだと思う。

結果として何も解決しないままに親達は増長していく。

 

そんな時の「何でもあなたが抱え込む必要はない」と言う言葉には本当に驚いた。

そんな考え方があったのかと言う驚きと、そう言う風に言葉をかけて貰える事に驚いた。

当時この言葉には多少なりと助けられた。
しかし、この歳になると何が正しいのかがイマイチわからなくなる。

 

無論、あの状況でまっ先に白旗をあげた親は正しくない。

立場を抜かしてフラットに、イーブンに物事を見れば子供達で面倒を見るのが当たり前で、親が白旗をあげたことも問題はなくなる。

だが親はきょうだいの中で唯一同居をしている以上一番面倒を見る必要がある。

 

同居の家族という目で見れば、自分も参加するのは当然の事とは言える。

だが親は自身を優先するためにコチラの現状を無視するべきではなかった。

この親と友人の親も自分からすればカテゴリーは「親」なのになぜこうも違うのかと思った事もあった。

 

 

自分がアラフォーになって周りを見渡す。
叔母達もこの頃に婆さんが倒れたのかという事に気付く。

 

幸い、近い友人の親に倒れたり亡くなったりする人は居ないが、自分の実家をモデルケースとすると、友人の親達の歳の頃に自分の祖父母は倒れたり亡くなったりしている。

友人を見ていてふと思うのは今親が倒れたらどうするのであろうか?という事。

結婚をして遠方に住んでいる人はどのようにして今の生活を守るのであろうか?

未婚でそこそこ離れて暮らす友人達は生活を捨てて実家に戻るのであろうか?

「何でもあなたが抱え込む必要はない」

この言葉は多分当時の自分に向けた言葉で、今の自分への言葉ではないのだと最近では思うようになった。

 

妻とは最近、将来起こりうるこの手のことについてよく話すようになった。

妻は義父母に対して面倒を見る気は無いと宣言していた。
貯金を切り崩してでも第三者に介入をしてもらうと言っていた。
義父母の性格上それが望ましいのはよくわかる。
義父は絵に描いたような「まだまだ若いモンには負けん!」で若くて近しい人の注意や警告は聞かない。

義母はこれまた絵に描いたようなワガママ人間で近しい人間には甘え尽くすので、冷静に対応の出来る第三者でないと共倒れをする。

 

自分の実家で言えば、自分には母親とその旦那の面倒を見る気は無い。

散々贔屓をしてきた弟や妹がいるので自分には縁のない話だと思っている。

妻も弟や妹の助けにはなれるが母親とその旦那の事は弟と妹で何とかしてもらおうと言っている。

 

実際目に見えないような小さな変化を重ねて日々が進んでいると痛感しました。
自分達はなるべく子の荷物にならないようにしたいと思いながら締めさせていただきます。

*1:と言うか本人談

*2:まあ元々そんなものは無いのだが