日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

結婚式の意味や意義。

6月と言うことで、チラホラと結婚式云々を意識してしまう今日この頃。

我が家も結婚して、同じ干支がやってくるほどに時が過ぎました。

結婚式はやるべきか否か?

これは永遠の問題ではないでしょうか? 

やった方が良いような。やらない方が良いような。

本当に難しい問題です。
我が家はやりませんでした。
それ故の苦労もありましたし、やったからと言って何になるのかはわかりません。

ただ、やらない苦労はあると思います。

あまり良い例ではありませんが、我が家のケースで説明をすると…

自分…人望が無いので何が起きてもおかしくなく、友人に至っては各種悪ノリで滅茶苦茶にしてやると言ってきているためにやりたくない。

妻…金の無駄。

親…体面のみを気にした発言で金は出さないがヤレと言う。

義母…妻の為にと言うより自身を楽しませる為だけにヤレと言う。

…これだけの状況でやる意味があるとは思えません。

結果として写真を撮って終わらせますが、写真一つでも揉めてしまい、結婚が失敗ではないかと思いました。

さて、話が少し逸れましたので元に戻すと、結局式を挙げずに終わらせた我が家ですが、まず出てきた問題点は境界線が曖昧で苦労したという事。

紙切れ一枚では妻に妻としての意識が芽生える事もなく、義母は子離れができずに苦労をしました。

ここで結婚式とは意識と自覚を植え付けるための儀式でもあるのだなと思いました。

結局、やるべき事をしていない以上、周りには結婚したと伝えなければ、いつでも逃げ出せる(離婚できる)状況で、これまたやはりうまくいかなかった。

やっていたら何かが変わったのか?

変わったかもしれないが、悪ノリ等で禍根を残す結果になったかも知れない。

うまく言えないが、婚姻制度に疑問を抱いていれば紙切れ一枚の届出に意味を持たないし、無神論者に神前式も意味を持たないし、そもそも、公言しても平気で反故に出来る人間には人前式も意味を持たない。

それでも婚姻届を書いて神前式と人前式で夫婦としての始まりを意識すること、それが夫婦が夫婦としての自覚を持つことになるのではないかと思いました。

正直、親としてのスピーチなんてものは真っ平御免なので子供達には花束贈呈とか感謝のアレコレは要らない。

本当に個室に子供夫婦と自分達夫婦だけで、前に書いた「七並べの話」と、この意識と自覚の話が出来れば十分です。とりあえずやらなかった苦労がある限り、毎年6月が間近になると考えさせられるんだろうなと思いました。

 

buri-hama.hatenablog.com