日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

愛の掛け算と愛され方。

愛情は掛け算なのかな?と最近思ったのです。

こちらがいくら愛情を傾けても相手がマイナスであればドンドンと悪化をするし、相手のプラスの値が大きければそれだけ相乗効果が期待できる。

 

そんな事を思いながら、友人達から軒並み気にされている我が家で考えてみたが、妻は自分に対してプラスでもマイナスでも無い気がした。

 

0なのである。

妻は自分に対して何も無い0なので自分がいくら傾けても0に何を掛けても0であるように無なのではないかと気づかされた。

仮にこの話を妻にしても「何それ?」と返されるが、その先で「そんな事はない、プラスよ」と言われる事は皆無であるのは既知である。

 

マイナスでない事に感謝だけすれば良いのかな?

こんな事を思いながら妻は愛され上手なのかな?と思った。
身勝手で歪んでいたとは言え義母から愛され、義父や祖父母に愛されていたと思える妻。

自分にも家族が居たりしたが、恐らく母親以外の家族は実子ではなく、母親が居るのだからと何処か一段違うようなペットに愛情を注ぐような感じであったと思う。*1
それを見て愛情は十分として母親は愛情なんてものを終始傾けることは無かった。*2

向けられるものが何かわからない以上、器を合わせて用意することは難しく、恐らく自分の受け皿はかなり歪でどんなものかわからない以上最大限大きくしてしまった。

 

もしかすると妻はゼロではなく限りなくゼロに近い愛情を傾けてくれているかも知れない。

それを自分は受け皿を大きくしてしまったために感じられないのかも知れない。

また自分が傾けている愛情が本来の愛情とは違うものなので妻には伝わらないのかも知れない。

これもまた友人に言われた心の闇なのかも知れない。

愛が形で目に見えたらいいのになと思いながら締めます。

*1:祖父母は違ったのかもしれないが、自分が親になってみて思い返しても何か違う気がする

*2:元々在庫が無かったのだと思う。