日々のアレコレ。

ブリとはまちが好物なオッサンが感じたこととかを書いておきます。

ホトトギス、対価を求めて。

鳴かぬなら
鳴かせてみせよう
鳴くまで待とう
殺してしまえ
ホトトギス

偉人にあわせてホトトギスを鳴かせたりする話。

最近の自分の余裕のなさがここにある気がしてネタにしました。

 

ホトトギスが鳴く事を何かしらが結実する事と同義として捉えてみた場合、自分の中では二十代から三十代前半は「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。」であったと思う。

順風満帆とは言い難い、逆境の中での独り立ちに対しても、妻との事、その他のことも含めて自分の努力一つでどうとでもなると信じて疑わなかったのがこの時期。

結果としてかなり無理はしたと思うが、やりきった感じはある。

 

三十代前半から三十代後半頃は「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギスで、この頃からやる事やったので結果を待つようになり始めた。

仕事も家庭も良くも悪くも落ち着いてきた頃。

 

三十代後半から今現在が「鳴かぬなら殺してしまえホトトギスになったと思う。
ここまでやってきたのに出ない結果、それがものすごく辛くなってきた。

そこには自分の老いもあり、老いによって鳴かせてみせる熱意も体力も減少したこと、更にはこれ以上鳴くまで待つと言う行為が物凄くリスキーなものになってしまったこと。

今が鳴かないホトトギスを殺してしまって取り替えるラストチャンスなのではないかと思っていること。

そんな事を考えてしまって、物凄く余裕がなくなってしまっている。

 

周りの友人達はこう言う状況をどうしているのであろうか?

今度聞いてみようと思います。